口蓋裂の赤ちゃんと哺乳

このテーマでは、いくつかの論点があります。

  • 家族とくに母親から『口蓋裂があるけど直接おっぱいを飲ませたい。できますか?』
  • 口唇口蓋裂でうまく飲めないようです。”どの哺乳瓶を選んだらいいでしょうか”
  • ホッツ床などの術前顎矯正装置は、哺乳床として哺乳の促進になるとは、どういうことでしょう。
  • 哺乳している乳児を観察していると、ずっと飲んでいる。いつ息をしてるんだろうか。

赤ちゃんの哺乳

出生後に赤ちゃんが直面するおおきな変化の一つは、「哺乳」をしなければならないことでしょう。
子宮内では、臍帯をとおして親から栄養を得られました。しかし、出生後は自分でおっぱいを飲まなければならなくなります。

口蓋裂児では、哺乳障害がありますので、一般的な哺乳瓶では多くの場合、うまく飲めません。
口蓋裂のない不全唇裂程度の裂隙であれば、母乳も直接のめる場合もあります。

哺乳運動の解析

赤ちゃんがおっぱいを飲むとき、どうなっているのか、あまり判っていませんでした。
口の中でどの様に舌が動いているのか、また、顎の動きは関係あるのかなど、実際に検査する方法に乏しかったからです。 それでも、特殊な哺乳瓶で口腔内の圧力を計測したり、薄い造影剤をまぜたものを赤ちゃんに飲んで貰ってレントゲン映画撮影をする(ビデオが発明される前の研究)ことはできました。 

ここ数十年の科学技術と医学の進歩で、超音波画像診断装置を使って、舌の動きをリアルタイムに観察したり、哺乳瓶の中に内視鏡のカメラをつけて口腔内を撮影するなどの新たなテクノロジーが導入されて、かなり解明されてきました。 

健康乳児の哺乳運動は、その主体は舌の運動によります成人とは全く異なる運動になります。

母親のおっぱいの場合も、哺乳瓶の人工乳首でも、赤ちゃんはしっかりくわえます。(吸着
狭い口腔内で乳首は、舌と口蓋との間にとじこまれています。
そこで、舌が消化管の蠕動(ぜんどう)運動のように、舌尖から舌根に向かって波が移動するように動きます。しごくような動きで乳汁・ミルクを引き出すわけです。乳汁の「圧出」と「吸引」といいます。
最後に、舌の後ろが大きく谷になって陰圧が生じ、口内にミルクが入る。

眼で見ているだけでは、哺乳中の赤ん坊の顎がリズミカルに動くものですから、この顎の運動で圧出して、そのあと吸引するなどと言われていましたが、舌の運動が主体であるというのが事実です。 

このとき舌は、前後に大きく動くことはなく、舌の筋肉が波状運動をすることで、舌そのものを動かすことなく口からのどの奥の方に向かって効率よく、乳首を圧迫することができるのです。 

これがよく分かっていなかった時代に、舌小帯という舌の下にあるひだがつっぱている子は、哺乳が出来ないから早く切らねばならない、という考えがあったといいます。この舌運動の原理が判ってからみれば、勘違いであり、多少の舌小帯の短縮でも、哺乳障害にならないことは明らかです。 
(とはいえ、舌小帯の引きつれを、まったく、放置してよいわけではありません。) 

口蓋裂児の哺乳運動


鈴木が、昭和大学歯学部の先生方と共同研究させていただきました。その成果は小児歯科学雑誌39巻1号2001に 超音波断層装置による口蓋裂患児の吸畷運動の観察 とう論文として掲載されました。 

 論文の抄録から判ったことを、抜粋してみます。・7名の口蓋裂患児の哺乳運動は様々であった。5名に吸畷サイクルの延長を認めた。
・6名では舌背各部位 の上下動が大きく、さらに1名については舌背各部位の上下動の時間差が小さく,舌体全体が単純な上下動をしていた。
Hotz床使用児のうち3名は,床非装着時に哺乳運動が誘発されなかった
Hotz床非装着時の観察で、床使用時にはなかった不規則な舌の動揺がみられた。 観察中にビデオに映し出された口腔内の映像から 
    * 口蓋裂があるので、乳首を硬口蓋へ押しつけることができない.裂に乳首がはまっている. 
    * 正常児では、舌と頬、口蓋の間に乳頭を密着して包み込み,舌根が下がるとき陰圧(吸啜圧)が生じるが,口蓋裂で鼻と口が同じ空間のため、十分な陰圧形成ができない.したがって、舌の大きな上下運動は、陰圧がうまく作れないための代償性の運動と思われる 。

下の画像は透明なシリコン乳首から口内を見たところです。顎裂(歯ぐき部の裂)に乳首(白い円)がはまり込んでいます。 
顎裂の上は口蓋裂になっていますのから、天井がないわけです。
ここに乳首が、はまってしまっては、舌で圧迫がうまく行えないです。 

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結論:画像による舌運動を観察した結果、口蓋裂児の哺乳運動が正常の哺乳運動と異なっていた。しかし、ホッツ床をすると、舌のリズミカルな運動が観察されて、正常な哺乳運動に類似した。床をつけて哺乳することをある程度経験した児は、床をはずすと哺乳しなかった。床を着けた哺乳のほうが、飲みやすくて、外して飲むことを嫌がっていた。

口蓋裂のための乳首

現実的に、口蓋裂児全員に対して口蓋床を装着することは、難しいです。そこで、口蓋裂のある赤ちゃんにも飲めるような乳首が開発されています。

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日本のメーカーでは、ジェクス社の口蓋裂用メディカルタイプは、Hotz床を処置された赤ちゃんのために開発された乳首です。もともと、大阪大学歯学部顎口腔機能治療部と一緒に開発した口蓋裂児用乳首がありました。

口蓋裂用乳首は、ピジョン社のP乳首もありますが(こちらは東京歯科大学と共同開発と聞いています)、口蓋裂の状態でも飲みやすい形状にするため、どちらも、ちょっと大きめな印象でした。逆流防止弁が付いています。
現在では、ピジョン社からも口蓋床装着しても使いやすいスモールサイズがでています。

コンビ社も、最近哺乳瓶を作っているようでした。乳首が傾いた「授乳のお手本 哺乳びん」。口蓋裂用もあります。松原ななみ聖マリア学院大学教授(看護師、助産師、歯学博士 母乳コンサルタント)が、協力しています。松原教授は母乳育児や、口蓋裂児の哺乳について研究されています
松原先生と、小児歯科の落合先生、東京歯科大学口腔外科の内山先生らによる口唇・口蓋裂の哺乳ハンドブックがあります。(コンビ社のサイト内リンクです)

ところで、米国だとアメリカのメーカー、ミードジョンソン社の口蓋裂用哺乳瓶が多いですが、日本では売られていないようです。メデラ社のハバーマン型は、産科で購入したという方がお持ちでした。日本で買うとだいぶ高価なようです。
哺乳力が弱い赤ちゃんには、プラスチックボトルに口蓋裂用乳首をつけると、押してあげて補助できるようです。

広島の口唇裂口蓋裂研究会のサイトに、口蓋裂哺乳瓶について詳しく出ているので、リンクしておきます。

こども病院でのHotz型口蓋床作成について

背景:90年代後半に、昭和大学形成外科では口蓋床の装着が始まっていました。鈴木は、埼玉県立小児医療センターの医長をしていた頃から、口蓋裂の赤ちゃんの哺乳について興味をもっておりました。その頃に、摂食嚥下リハビリテーション学会も立ちあがった頃です。

広島市民病院では、哺乳時に超音波エコー装置で舌の運動を可視化することの検討を行っていました。
その後、昭和大学にもどり先に述べたような検討を歯学部の先生の協力で実施して、口蓋床の積極的な導入に協力させていただきました。

千葉県こども病院形成外科に着任してから、哺乳運動の改善と術前顎矯正効果を目的として、歯科のご協力でHotz型口蓋床を使い始めました。

当初の顎矯正の効果

口蓋床を3ヶ月半施行したときの、顎形態の治療効果です。
左上の、生まれたばかりの時には大きく開大していた顎の形態が改善して、裂の幅も狭くなってきます。

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NAM法の導入
Hotz床で哺乳は良くなりましたし、手術をするタイミングでは顎裂も狭くなって、形態も改善しています。

術前顎矯正として2005年からは、NAMも用いています。NAMとはnasoalveolar moldingの意味で、訳せば鼻と歯槽のモールド法ということです。モールドというのは、型に入れて作る、とか、かたどるという意味合いです。NAMのオリジナル法を開発した米国ニューヨーク大学の矯正歯科に留学していた昭和大学矯正科の佐藤先生が帰国されて、大学でもNAM法が開始されていました。そこで、佐藤先生にこども病院で、勉強会をしてもらって、こども病院でできる範囲でNAMを実施することにしました。

NAM法は、口蓋床に突起をつけてゴム牽引しています。また、下がった鼻孔を挙上するように工夫しています。

米国の矯正サイトのリンク画像で、お示しします。
NAM治療前は、顎裂が鼻腔内にまで突出しています。こうした患者さんは経験がありますが、この状態で術前矯正しなくても、手術は可能です。ですが、手術するのもけっこう、大変です。傷あとが緊張が強いためにキレイにならないことも起こります。
最初は、口蓋床に樹脂のボタンが付いた床を作り、ある程度裂を狭くしてから、鼻を持ち上げるようにするというのが、NYU(ニューヨーク大学の流儀です。最初から、鼻を持ち上げると鼻孔が大きくなってしまう)

テープに矯正用のゴムをつけて、頬に貼っています。テープかぶれするときは、ハイドロコロイド材料の皮膚保護を行います。 最初に比べると、かなり裂が狭くなってきました。

手術が出来ました。右下のわずかに開いた口から歯茎がよく矯正された様子が見えます。
鼻の穴も対称的ですね。

こども病院でNAMを実施して、顎裂の狭小化に成功した事例の写真です。

装着して早期から顎形態の改善効果があります。
上段でわずかに10日間で、顎裂がよって狭くなっています。
右下の手術直前のモデルでは、裂幅がとても狭いことに気づかれるでしょう。

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